「ゾンビ日記」 押井守 感想 あらすじ

  • 28 8月, 2013


人類が皆ゾンビになってしまい、主人公の「俺」だけが生き残っている。そんな突拍子も無く、また最近よくある「世界終了andゾンビ化」な世界が舞台になっています。最初に本を手にとったときは、映画にもなった「アイ・アム・レジェンド」的なのかな?と思いましたが、まったく違いましたね。


まず、ゾンビが人を襲いません。作中でも男が疑問をもっていましたが、正常な人間社会にとって”生きているとはいえない状態”という解釈であっているのかな?とにかくゾンビと生存者との戦いなんかじゃないです。エンタメ要素はほぼ無いといえます。それだけに押井守が書きたかったことがタップリと書かれていました。期待を裏切られたと思いきや、別の興味を引くことになろうとはw

まず動物としてのニンゲンではなく社会を生きるヒトにとって、生と死の違いは何なのか。前提条件が変わればこれも引きずられて変わっていくのだということ。さらにヒトがヒトを殺めることについての、凄まじいまでの薀蓄の展開と解釈の披露が、重火器の詳細とともに展開されていきます。この辺で好き嫌いが大きく分かれます。

私は重火器については興味ありませんので、ここは完全に読み飛ばしました。一方でヒトの死や殺人については、人類の歴史の過程で色々な研究や検証の結果が残っているのだと知り、ヒトは大多数が本能的に殺人を拒否するということについてちょっと安心しました。書いてあることを全て鵜呑みにすることはありませんが、望ましいことにあるのは違いありません。

押井守作品を読むのはこれが最初でした。これが最初でよかったのかな?とも思いましたが、思う存分個性を出した作品を読むのは、作者を知る上で一番効率的じゃないでしょうか。文学的なのか哲学的なのか、単なる薀蓄の洪水なのか、よく考えずに読む私には旨く説明できません。読んだ人それぞれの受け止め方の違いを楽しむのも一興かなと思います。

珍しくこの手の作品が大好きな読書の先輩が未読でした。読んだ後の感想がどんなものか、今から楽しみです。


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